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熊本地方裁判所 平成8年(行ウ)2号 判決

熊本県玉名郡南関町関町一三五五番地

原告

津留實

右訴訟代理人弁護士

加藤修

熊本県玉名郡繁根木七二番地三

被告

玉名税務署長 高濱義昭

右指定代理人

小澤正義

阿部幸夫

柳原寛一

田川哲夫

緒方登志光

高野潔

池田和孝

河口洋範

橋本洋一

竹本龍一

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実および理由

第一原告の請求

(主位的)

被告が中嶋等(以下「中嶋」という。)に対して、平成七年一一月一〇日付け(許可日付けは同月一六日)でなした酒類販売場の移転の許可処分(以下「本件処分」という。)を取り消す。

(予備的)

被告が中嶋に対してなした本件処分は無効であることを確認する。

第二事案の概要

一  本件は、被告が中嶋に対して、平成七年一一月一〇日付け(許可日付けは同月一六日付け)で行った本件処分に対して、原告が、主位的に、本件処分は酒類販売業免許等取扱要領(以下「要領」という。)第二章第三1(2)イに定められている申請販売場の既存の一般酒類小売販売場との距離が一五〇メートル以上であることとの要件及び要領第一章第一8に定める出店店舗の酒店の販売量が三キロリットル以上であることとの要件に反するとしてその取消しを求め、予備的に、中嶋には酒類販売場の営業の実体がなく、本件処分は重大かつ明確な瑕疵が存在するとしてその無効確認を求めた事案である。

二  被告の本案前の抗弁

1  本件処分の取消しの訴えについて

(一) 本件処分は、酒税法一六条一項に基づく処分であり、同法一六条は同法九条の定める酒類販売免許制度の一環として設けられたものであるところ、同法における酒類販売業者の免許制度に関する諸規定は、酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保しようとするものであって、既存の酒類販売業者を保護する趣旨を含むものではない。

(二) 原告は、玉名税務署管内において被告から酒類販売業者としての免許を受けた者にすぎないから、本件訴えは本件処分によって原告の営業上の利益が侵害されることを理由として提起されているものと解されるが、本件処分によって原告が何らかの不利益を受けるとしてもそれは酒類販売業免許制度による反射的利益にすぎない。

(三) なお、原告肩書地に位置する原告の酒類販売場と、熊本県玉名郡南関町関町字堂園一四五九番地の五に位置する中嶋の移転先の酒類販売場との距離は約八五〇メートルあり、原告が本件処分の違法事由として主張している要領第二章第三1(2)イの距離基準である一五〇メートルをはるかに超えており、原告が本件処分によって侵害されるような反射的利益を有しているとみることさえ困難である。

(四) したがって、原告は、本件処分の取消しを求める原告適格を有しない。

2  本件処分無効確認の訴えについて

本件処分の無効確認の訴えにおける原告適格は本件処分の取消しの訴えにおける原告適格と同義に解するのが相当であるから、原告は、本件処分の無効確認を求める原告適格を有しない。

三  争点

本件各請求についての原告適格の有無(本案前の主張)

第三当裁判所の判断

一  原告の主位的請求は、行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三条二項にいう「処分の取消しを求める訴え」と解されるところ、処分の取消しの訴えを提起しうるのは、当該処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有するものに限られており(行訴法九条)、右にいう「法律上の利益を有する者」とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうと解すべきである。そして、法律上保護された利益にあたるか否かの判断にあたっては、当該処分を定めた行政法規の趣旨・目的、当該行政法規が当該処分を通じて保護しようとしている利益の内容等を考慮したうえ、右行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、これを個々人の具体的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解されるのか、それとも、当該法規自体は個々人の具体的利益を保護する以外の目的のために置かれているが、その法規が、行政権の行使に対して一定の法的制約を課している結果、個々人の具体的利益がたまたま保護される結果となっているのにすぎないのかについて検討すべきであり、前者の場合には、かかる利益も法律上保護された利益に当たるというべきであるが、後者の場合には、かかる利益は事実上の反射的利益にすぎず、法律上保護された利益とは区別されるべきことになる。

同様に、処分の無効確認の訴えを提起しうる者についても、当該処分により損害を受けるおそれのある者その他当該処分の無効の確認を求めるにつき法律上の利益を有する者であることが要求されている(行訴法三六条)が、右「法律上の利益を有する者」の意義は処分の取消しの訴えにおけるのと同義であると考えるべきであり、また、「当該処分により損害を受けるおそれのある者」についても、右のような「法律上の利益を有する者」の解釈に鑑みれば、当該処分によって法律上保護された具体的利益が侵害されるおそれのある者に限られると解すべきであって、反射的利益を侵害されるおそれのあるにとどまる者については、原告適格が認められないものというべきである。

二  そこで、以下、酒税法の趣旨・目的等について検討を加えると、酒税法は、酒類には酒税を課するものとし(一条)、酒類製造業者を納税義務者と規定し(六条一項)、酒類等の製造及び酒類の販売業について免許制を採用したうえ(七条ないし一〇条)、酒類の製造場又は販売場の移転についても許可制を採用している(一六条)。これは、法が酒類の消費を担税力の現れであると認め、酒類についていわゆる間接消費税である酒税を課することとするとともに、その賦課徴収に関しては、いわゆる庫出税方式によって酒類製造者にその納税義務を課し、酒類販売業者を介しての代金の回収を通じてその税負担を最終的な担税者である消費者に転嫁するという仕組みによることとし、これに伴い、酒類の製造及び販売業について免許制ないしは許可制を採用したものであると解される。すなわち、酒税法は、酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保する必要から、このような制度を採用したものと解されるのである。そして、右のように酒類販売業を、所轄税務署長の免許ないし許可により行わせている酒税法の構成からみれば、要領中の既存業者との距離的制限や需給調整上の制限も、酒税の徴収確保という財政目的の見地から定められているものとみるべきであり、既存業者の保護を目的とするものと解することはできない。

以上の検討によれば、酒類販売場の移転について許可制を採用した酒税法の規定は、酒税の徴収確保という専ら財政目的の見地から設けられたものであって、既存の酒類販売業者の営業上の利益(経済的利益)の確保を目的としたものとは認め難く、右既存業者の利益は、酒税法によって保護された法的利益ではなく、酒税法が酒類販売場の移転について公益目的実現の観点から行政権の行使に制約を課した結果生ずるところの事実上の反射的利益に属するものと解するのが相当である。

本件において、原告の主張する利益は、右反射的利益に他ならないのであるから、原告は、本件処分の取消しあるいは無効確認を求めるにつき法律上の利益を欠き、原告適格を有しないものといえる。

三  よって、本件訴えは、訴訟要件を欠く不適法なものとしてこれをいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山正士 裁判官 相澤哲 裁判官 金地香枝)

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